「チンドン屋」引退へ 伊那市の柘植晃さん

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観光宣伝で行動をともにしてきた道具一式を並べ、30年を振り返る柘植さん

「伊那谷唯一のチンドン」をうたう、伊那市福島の柘植晃さん(81)が、5月に同市西箕輪の伊那みはらしファームで行われる「みはらし五月まつり」への出演を最後に「チンドン屋」を引退する。市職員時代に、観光キャンペーンの人寄せになれば―と自己流で始めてから約30年。長年イベントを盛り上げ、地域活性化に貢献してきた名物パフォーマンスに終止符を打つ。

■体格に合わせたオリジナル太鼓

2種類の太鼓と鉦、金属製の打楽器アゴゴを組み合わせた柘植さんのチンドン太鼓は体格に合わせて自分で設計し、建具店に頼み込んで作ったオリジナルで、ばちも自作だ。富山県で開かれる全国チンドン大会に何度も出向いて研究し、自分のスタイルを作ってきた。

イベント会場ではこれを両肩からつり、腰で支えて両手のばちで打ち鳴らす。「道具一式で約5キロ。一人だから肩に拡声器を担ぎ、音楽を流しながらチンドン屋のリズムをやるわけで、重さはそれ以上になる。それに、ちょっとした風でもあお られるから体力的にきつくなってきていた」と引退を決意した理由を明かす。市役所を退職後、「みはらしの湯」の 支配人を務めた縁で出演が恒例だったみはらしファームの春のイベント「みはらし五月まつり」を最後の舞台に選んだ。

■横浜の物産展 ミカン箱で初演

出だしはミカン箱だった。市商工観光課長だった1993年、横浜で開く全国物産展へ の参加要請があった。行っただけじゃお客さんは集まらないだろうから―と考えたのがチンドン屋だったという。木製のミカン箱で木枠を作り、楽士だった父親が使っていた楽器でチンドン太鼓を手作りしてイベント会場に乗り込んだ。

初めての「チンドン屋」だったが、素地はあった。市職員で結成したバンドでバンドマスターを務め、クラリネットやサクソフォンを演奏していた柘植さん。バ ンド活動でダンスパーティーやイベントで演奏し、ラテン系の音楽やジャズもこなしてきただけあって、人前でパフォーマンスをする度胸も、チンドン太鼓のリズム感も自然に身に付いていたという。

■子どもたちから生きる糧を

チンドン太鼓の木枠には、観光宣伝で出掛けた場所が書き込まれている。「名古屋にはほとんど毎年行った。東京・銀座でもやった。この道具はいろんなところに連れていってくれた」と懐かしむ。柘植さんがチンドンドンと鳴らすと子どもたちが自然に集まってきた。そんなときには童謡やアニメソングを選んでパフォーマンスをすることも多かったという。「聴かせてやる―という気持ちでやっていたら続けてこられなかったと思う。私自身が子どもたちの瞳の輝きからずいぶんと生きる糧をもらった」と振り返った。

今後はクラリネットの演奏とウクレレ漫談を提供する「音と笑いの配達人」の活動に限って続けていく。「チンドン屋」の引退を惜しむ声もあるが、市役所OBのバンド仲間で興味を示す後輩がいて、「道具を一式 渡すので引き継いでやってもらえないか」と交渉中という。「これで安心して幕を下ろせる」と安堵の表情を見せている。

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