名湯「精進湯」最後の御柱祭 15日曳行

LINEで送る
Pocket

15日に最後の御柱祭を行う精進湯のほこら「精進湯社」

15日に最後の御柱祭を行う精進湯のほこら「精進湯社」

江戸時代から名湯として知られる諏訪市諏訪1の市営温泉「精進湯」を、1978年まで経営していた旧精進湯組合(小松久夫組合長)は15日、今回で最後となる御柱祭を行う。同温泉は利用者の減少により2016年度末で閉鎖される。精進湯が文献などに登場して約350年、いつの時代からか行われてきた御柱祭。関係者は温泉の歴史に思いをはせ、恵みに感謝しながら曳行する。

精進湯は創設年月日は定かではないが、高島藩3代藩主諏訪忠晴が1664(寛文4)年、画工に諏訪地方を鳥瞰図式に描かせた「御枕屏風」(同市有形文化財・八剱神社所有)に登場。1756(宝暦6)年、高島藩士が記した文献「諏訪かのこ」にも、庶民の湯として城下で一番にぎわったと書かれている。名前の由来は、「『手長神社へ身を清めて参拝にのぼる』という意味から名づけられた」(宮坂清同神社宮司)という。

旧組合は、前身が明治の初め出資のない組合として設立され、1927(昭和2)年に出資による組合に改組。汲み湯、組合員宅への分湯も行い、浴場は上諏訪のど真ん中に位置し当時の町役場、郡役場などに囲まれ、一般にも開放、その名は広く知れ渡った。

栄光は戦後まで続いたが、昭和40年代後半には枯湯期に入って湯の温度は70度から35度近くまで下がり、市から給湯を受けて営業。77年諏訪市に運営を依頼し、市は翌年に浴場を建て替え営業を始めた。

市営の温泉公衆浴場となって83年度には年間利用者数が3万1625人を記録したが、その後は減少が続き17年3月末で廃止する。

御柱祭は旧組合役員の武居宏治さん(79)、小口利一さん(85)、北澤晃さん(79)らが行い、一般の参加を歓迎している。午前10時に精進湯前から曳き出し、同市茶臼山にある手長神社への石段を曳き上げ、神社境内にある祠「精進湯社」へ建てる。

武居さんは「旧組合は市営になってから実質的に活動していないが、御柱祭は市の協力で行われてきた。節目に際し一抹の寂しさがあるが、長い長い歴史に感謝の気持ちで曳行したい」と話している。

おすすめ情報

PAGE TOP