2016年10月14日付

LINEで送る
Pocket

日米プロ野球が大詰めだ。テレビを見ていると、マウンドに上がった投手が投球前、胸などに手を当てて目を閉じる場面が時々ある。何かつぶやいたりもする。いわゆるルーティンだ。目を閉じるのは、あえて余計な視覚情報を遮断することで集中力を高めるのだろう▼スズキメソードで知られる才能教育研究会の創設者、鈴木鎮一さんが、「“見える”とは何か」と考えさせられた経験を著書につづっている(「愛に生きる」)。ある日、目の見えない5歳の少年のバイオリン指導を依頼された。そんなことができるのか、1週間悩んだという▼鈴木さんは部屋を真っ暗にしてバイオリンを弾いてみた。すると、何の不自由もないことに気が付いた。目で見て弾いていたわけではなかったのである。手を添えながら少しずつ指導すると、少年は着実に上達した。鈴木さんが「弓の先が見えるでしょう」と尋ねると、少年は「はい、見えます」と答えたという▼努力することで“心の目”の感覚が研ぎ澄まされてくる、ということだろうか。先月のパラリンピックでも、ゴールボールのような視覚障害競技では、選手たちの反応や動きが素晴らしかった▼鈴木鎮一さんは視覚などに頼ることのない、無意識に働く力を「生命の働き」と呼んだ。障害の有無にかかわらず、人間が誰しも本来持っている力だ。それが発揮できるかどうかは本人次第なのかもしれない。

おすすめ情報

PAGE TOP