2022年4月8日付

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山深い隣県の過疎地で生まれた。育った伊那谷でも前方の視界を山々に遮られた。山の景色には食傷気味で「あの山の向こうには何があるんだろう」と日々思う10代だった。20代の前半。分解した自転車を抱えて渡米する。西海岸のサンフランシスコで自転車を組み立て走り始めた▼標高3000メートル級のロッキー山脈にある三つの峠を越えると平坦な穀倉地帯に入った。数日走っても途切れない初めて見る地平線。これ以上ない感動を覚えた▼ニューヨークに到着後、英国経由で欧州を走り、アフリカ大陸へ。装備不足で自転車旅を断念し、ヒッチハイクで旅を続けた。大陸を南下途中にサハラ砂漠で地平線を見た。再び感動するはずだった。だが乗ったトラックから見る景色はすぐに飽きた。起伏のない平坦な地形は退屈と気づいた▼同時に伊那谷の山の景色がよみがえった。残雪や新緑、紅葉の四季の変化、朝夕の日に照らされる山の色あい…、記憶の中の景色は鮮明だった。その旅はテントでの野宿が多く、寒くないように冬を避けて移動していた。2度の冬を経験しないまま帰国。そして次の春。起伏に富んだ伊那谷各地に咲き誇る桜の景色を眺め、これまでにない、いとおしさを感じた▼4月。高校等を卒業した若者が進学や就職で都会暮らしを始める季節を迎えた。何でも精いっぱい吸収してほしい。はたして遠くの故郷はどう見えるのだろうか。

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