小尾権三郎200回忌法要へ準備

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200年前に甲斐駒ケ岳を信仰の山として開山した茅野市上古田出身の行者小尾権三郎(延命行者・威力不動尊、1796~1819年)の偉業を後世に伝えようと、地元上古田区は「威力不動尊200回忌記念事業実行委員会」を組織し、来年2月の200回忌法要に向けて準備を進めている。

地元で大切に管理されている「威力不動尊堂」の祭壇を見る区民ら

地元で大切に管理されている「威力不動尊堂」の祭壇を見る区民ら

小尾権三郎は江戸後期の寛政年間の生まれ。二十歳の若さで開山を果たし、間もない3年後に没した。駒ケ岳信仰は各地に広がり、地元でも講が組織され1984年まで活動していた。その後も現在まで、区の組織の中で祥月命日の法要など継承されている。

ただ区の中でも威力不動尊について知る人が少なくなっているのが現状。関係者の間では、地元に残る歴史を後世に伝える最後の機会になると心配する声も聞かれる。

地元区内には威力不動尊を祭る堂が建ち、墓も守られている。周辺には100回忌、150回忌の記念碑が建てられており、今度迎える200回忌でも記念事業で石碑を建立する予定だ。さらに、実行委では将来の年忌に備えて小尾の功績について地元として初めて冊子にまとめ、200回忌事業をどう進めたかも合わせて記録する考え。

200回忌を前に開山200周年に当たる今年、甲斐駒ケ岳のふもとの山梨県北杜市郷土資料館は「開山200周年記念」の企画展を10月16日まで開催。その際、関係資料の展示協力の依頼が上古田区にあり、区ではこれまで地元区民も目にしたことのない資料も含めて、小尾に関する資料の初公開に踏み切った。

実行委員長の小尾正明さんは、権三郎が山梨方面では今も歴史の中に語り継がれているが、地元ではほとんど知られていないとし、「先人の偉業を見直し、将来にわたって伝えていく機会にしたい」と、200回忌記念事業の意義を話した。

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