満蒙開拓義勇軍を追悼 上伊那教育会

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少年の塔に恒久平和を誓う参列者

少年の塔に恒久平和を誓う参列者

上伊那教育会(小林克彦会長)は24日、太平洋戦争中に上伊那地方から満蒙開拓青少年義勇軍として旧満州(中国東北部)に渡り亡くなった青少年を追悼する「少年の塔慰霊祭」を伊那市中央の伊那公園内にある同塔前で行った。参列した約30人は、矢澤静二専務理事から同会が積極的に義勇軍を送り出すきっかけとなった二つの事件について聞き、恒久平和への思いを新たにした。

同会によると、当時、国家総動員体制が強化されていく中、同会は国策として義勇軍を送り出した。1937(昭和12)年から終戦までに500人以上が大陸に渡り、うち91人が亡くなった。

満蒙開拓について研究している矢澤さんは「上伊那教育会は二・四事件と上伊那教育会事件の名誉を回復するために積極的に義勇軍を送り出した」とし、「二・四事件」と呼ばれる教員赤化事件と、義勇軍の送出などをめぐって当時の会長と副会長の対立が激化し、2人が更迭された上伊那教育事件について話した。

「上伊那教育事件は上伊那教育会の恥として全員が口をつぐみ、世に出ていない」とした上で、「当時の先生は悩み、追い込まれて義勇軍を送り出した。その見解を知り、二度と繰り返さないよう考えなければいけない。塔があることを知らない人も多く、一度足を運んでほしい」と切実に語った。

慰霊祭では、参列者が黙とうをささげ、1人ずつ献花、焼香した。小林会長は「戦後71年を過ぎてなお、上伊那教育会の負の遺産を決して風化させることなく、真摯に学び、永久平和の努力を改めて誓う」と語った。

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