茅野市の自宅から杖突峠を越えて伊那市の職場に通うようになって半年近くになる。当初は果てしなく続くと思われた峠道だったが、自分の居場所や目的地までの距離が目算できるようになると、不安は和らいで道路周辺の変化に気を配る余裕が出てきた▼8月に入り、道路に張り出していた草や木の枝がすっかりなくなった。お盆に帰省する家族や観光客を気持ちよく迎える準備なのだろう。ヘルメットに作業着姿の地元業者が手際よく仕事を進めていたし、地域総出の早朝作業に汗を流す人たちもいた。90に手が届きそうな女性が一人で道路脇の縁石に座り、手の届く範囲の草をむしる光景も見た▼町から遠く離れた山間の暮らしは草とのたたかいだ。ほっておけば草は田畑の作物を覆い、道を侵食する。米や野菜の栽培は1年に一回、やり直しがきかない一発勝負だから、怠けるわけにはいかない。地区の役員になり墓地や水路の草を刈るようになって初めて、土と結びついた暮らしは忙しく手が抜けないことを知った▼京セラを創業した稲盛和夫さんが生前、美しい心を磨くには「辛抱強く明るく前向きに、仕事を好きになって一生懸命働くことだ」とラジオで話していた。労働を軽んじる最近の風潮は、日本人が大切にしてきた心を覆い隠す草のようでもある▼きれいになった道路は古里の誠実な暮らしを伝える。祖先を迎えるお盆が目の前に来ている。
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