岩垂今朝吉が学んだ教科書 教育者ら整理

LINEで送る
Pocket

保存されていた岩垂今朝吉の教科書に見入る関係者

保存されていた岩垂今朝吉の教科書に見入る関係者

諏訪教育の礎を築き、現諏訪清陵、諏訪二葉、諏訪実業の各高校、高島小学校の草創期に、請われて校長を務めた岩垂今朝吉(1865~1917年)が、師範学校の学生時代に使った教科書100冊余が、生まれ育った岡谷市小井川の土蔵に保管されていた。孟子や論語の集註、縦書きの数学などいずれも和本で、岩垂の書き込みもあった。教科書の歴史を知る上でも貴重な書籍。諏訪地方の教育者らによって整理され、目録が作成された。

岩垂は1883(明治16)年19歳のとき松本にあった県師範学校へ入学、3年間学んだ。卒業後直ちに高島尋常小学校訓導となった。教育に財政的援助をした素封家らの支援で、諏訪に中等教育の芽を開かせ、女学校や実業校の設立、経営に尽力した。

一貫して地域に根ざし、子どもに力点を置き、質実剛健の精神を尊んだ。風貌は豪快で着物は縦じま、横じまとも見分けがつかない洗いざらし、懐には常に何冊かの本を入れていた。

教科書は、今朝吉の末弟太一郎が曽祖父に当たる宮坂和昭さん=諏訪市神宮寺=が、土蔵にそのまま保管していた。「筆算通書」「改正小学校教授方法」など、教科書や現場に立つときの指導書など104冊。各ページは角がすり切れるほど使った痕跡があり、1冊1冊に「平民」「所有岩垂今朝吉」の文字が記されていた。

教科書の存在を知った元信濃教育会編集主任の小口明さん=下諏訪町南高木=は、「とってあったとは。すごい」と早速手に取り整理。「教育者のほとんどが士族だった当時、農民の今朝吉と、一族の双方に思いがあって散逸しなかったのでは。中には(今朝吉の優秀さを示す)大切な書類も挟まれていて興味深かった」という。

二葉高校客員の平島佐一さん=諏訪市元町=は、「今年二葉高は創立110周年の節目を迎える。初代校長の岩垂先生をしのぶ貴重な資料が公となり感無量」といい、目録作成に取り組んだ。同校同窓会(竹花光子会長)は、「書籍はしばらく同窓会で借用し、周年行事に活用させてもらいたい」としている。

宮坂さんは「先代から守り通してきた遺品。お役に立つならありがたい」と喜んでいる。

おすすめ情報

PAGE TOP