2016年11月26日付

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御諏訪太鼓宗家の故小口大八さんは、演奏者としてもちろん一流だったが、教え方が上手だった。初めてばちを持った太鼓道場の見学者が、小口さんの言う通りにたたくだけで、見事な太鼓演奏になったものである。その小口さんが、著書の中で興味深いことを言っている▼太鼓演奏者の技量が上がり、余裕が出てくると、どうしても「軽妙華麗」に流れてしまう、と。手を抜く部分が出て、見た目を計算するようになる。これを小口さんは「流し打ち」と称して戒めたそうだ。「軽妙華麗に流れはじめたとき、少しでも早くそれに気づき、自分を元の位置に戻すことが大事」と指導した(「天鼓 小口大八の日本太鼓論」)▼似たようなことは、どんな分野にもあるだろう。技術や自信が付きはじめると、つい調子に乗ったり、力を過信して少々痛い目に遭う。小口さんの言うように初心に帰り、謙虚に学ぶことでその道の奥の深さを知り、また一段と実力が上がる▼この人たちも、そういう時代を乗り越えたのだろうか。先週、信州の名工(卓越技能者知事表彰)の表彰式が長野市の県庁であった。さまざまな分野を極めた職人や技術者20人が表彰を受けた▼その一人で伊那市の表具師、伊藤君人さんは「たとえ見えない部分でも職人らしく、将来に恥ずかしくない仕事をしたい」と話していた。「見えない部分が大事」。名工みんなに共通する思いだろう。

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