2016年11月27日付

LINEで送る
Pocket

「流れる星は生きている」の題名は、北朝鮮の兵隊が教えてくれた「うた」の一節であるという。旧満州からの過酷な引き揚げ体験をつづったこの小説はベストセラーになった。藤原ていの名前を聞いてまず思い浮かべる代表作だろう▼茅野市出身の藤原ていさんは、諏訪市出身の直木賞作家・故新田次郎の妻としても知られる。戦前、気象台に勤めていた夫の転勤に伴い、満州(現中国東北部)へと渡る。現地で終戦を迎え、3人の幼子を連れて帰国。それはまさに命懸けの引き揚げだったという▼書いておきたいという熱い思いが、彼女に筆を執らせたのだろうか。〈強く激しい筆の運びは、地獄の苦しみを体験しなければ著せない迫力であり―〉。長女でエッセイストの藤原咲子さんが、母の文章についてこう記している(「母への詫び状」=山と渓谷社)▼帰国後、藤原さんは3年間ほど重篤な状況に置かれていたという。「ペニシリン注射一本だけで生命を繋いでいた」と咲子さんは同著に書いている。ベストセラー作家になってからの活躍はご存知の通り。母として子育てをしながら、講演など精力的に働いている▼休むことなく走り続けた藤原さんが、98歳で亡くなった。「冥土への旅立ちのとき、『ああ、私はひたすらに生きたのだ』と思えるだろうか」。藤原さんは自著のあとがきに書いている。言葉通りの人生を全うし、遠く旅立たれた。

おすすめ情報

PAGE TOP