2016年12月14日付

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木々の葉がすっかり落ちた山里の風景は寒々しく、日暮れの早さも心細さを誘う。こんな季節は、かつて亡くした人や失ったものをふと思い出す。枯れ落ちる草花に死を重ね、寂しさに気が沈むこともある▼1日でも長く生きたいと懸命に病と闘う人がいる一方で、何かに追い詰められ、死に場所を求めてしまう人もいる。また、死について考えたことなどないという人もいる。命の存在感は人によって全く違うらしい▼自死を望む瀬戸際で救いの手を差し伸べる人をゲートキーパー(命の門番)と呼ぶ。専門知識を要するわけでなく、生活や仕事の中で異変や悩みに気づき、声を掛けたり、見守ったりする身近な存在だ。諏訪赤十字病院精神科の小内理人医師はその養成に尽力している▼「心を病んでも来院するのは1割ほど。医師だけでは防ぎきれない」。自殺を願う心には生きたい願望も同時に存在して、誰かに気づいてもらいたいとサインを発している。それを感じ取って―と訴える。ただ「本心は打ち明けることも、傾聴するのも難しいものだ」とも言う▼救いの手が願う形で差し伸べられるとは限らない。でもとにかく今日を自力で生きてみよう。無事に1日を終えたら自分を褒めてみる。自分は何の役にも立てぬと思えても、ささやかに毎日を積み重ねる姿は、同じように苦しむ誰かにとって生きる勇気になる。最後の門番は自身の内にある。

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