2017年1月30日付

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この仕事をしていると初めて見たり聞いたりすることが少なくない。駆け出しの頃、障がい者施設の取材に行くことになった。こうした施設を訪れること、知的障がい者と接するのも初めてだった▼最初はどう取材すればいいか分からなかった。障がいに触れてはいけないのではという自己規制の意識があったのかもしれない。心の中の壁をあぶり出されたような感じがした▼「ノーマライゼーション」という言葉が聞かれ始めたのもこの頃だったか。障がいの有無で区別されない社会。拙い記事がそんな社会づくりの一助になればと考え直して書いたことを思い出す▼19人が犠牲となった相模原市の知的障がい者施設の殺傷事件から26日で半年となった。同様の施設を何度か取材したことがあり、他人事に思えなかった。「現代思想」(青土社)の昨年10月号が事件を特集していた。識者の多くは優生思想に基づく独善的な犯行だと断じ「いらない生はない」と強調、経済原理を重視し生産性という物差しで人間をはかる社会の風潮に警鐘を鳴らした▼木村草太さん(憲法学)は「国家の足手まといだからと、誰か一人でも切り捨てを認めたならば、その切り捨ては際限なく拡大し、あらゆる人の生が危機にさらされてしまう」と指摘した。生産性や効率性が行き着く先。この犯人の思想と重ならないか、社会全体で考えていく必要があるということだろう。

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