小丸山古墳の「小札甲」 飛鳥寺出土品と類似

LINEで送る
Pocket

小丸山古墳から出土した小札の数々。飛鳥寺出土の小札甲と共通点が多いことが分かった

諏訪市教育委員会は26日、同市有賀にあった小丸山古墳(6世紀末ごろ)出土の副葬品であるよろい「小札甲」が、古墳時代から飛鳥時代にかけて勢力を誇った有力豪族蘇我氏が建てた飛鳥寺(奈良県明日香村)出土の小札甲と類似していると明らかにした。古墳時代後期当時の最新式とみられ、同時期の豪族関係者と接点があった可能性をうかがわせる。市教委生涯学習課は「以前から有力者の墓ではないかと考えられてきたが、改めて裏付けられた」としている。

小札甲は、小さな鉄製の板(小札)を連ねたよろいで胴部分を保護する。1973(昭和48)年に県が実施した発掘調査で大半が見つかった小札甲1領(1体)の小札1016枚を調査した。1枚の大きさは縦7~9センチ、横2~3センチほど。小札の部位を分類したところ、よろい上部の「竪上」周辺の小札は他の部位より大きく、少し反っていることや脇の下の部分は板の端を折り曲げている点など飛鳥寺の出土品と類似の特徴が確認されたという。

調査を受託した元興寺文化財研究所(奈良市)は「小丸山古墳に埋葬された者がこの小札甲を入手し得た背景や政治的役割を考える上で重要な視点になり得る」とする。

小丸山古墳と飛鳥寺のつながりの可能性について、諏訪市教委の児玉利一学芸員は、諏訪周辺の「馬」を挙げ、「(当時の政権の)有力者に馬を納め、代わりに最新の品を入手する関係が生まれていたのかもしれない」と推測した。

小札の一部の裏地には布の痕跡とみられる付着物も見つかった。

この日は市教委が2016年度に同研究所に委託した出土品の分析調査の結果を説明。古墳時代の刀の装飾部品数点に確認されていた象眼については銀を施していたとした。馬具に飾り付けた鈴の一部からは金の成分を検出したことから、めっきか金箔が施された可能性があることが分かった。

市教委は今年度から出土品のさび落としなど保存処理を業務委託する。古墳について市民に知ってもらおうと、来年度にも一部の出土品の展示を検討する。

おすすめ情報

PAGE TOP