「素晴らしいレース」 中高時代指導新谷さん

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宮田スケートクラブのメンバーと女子1000メートルをテレビ観戦する新谷純夫さん(左)=14日、宮田村内の自宅

「氷と仲良くしたい」。折に触れてそう話す小平奈緒選手。その礎がつくられたのは中学時代にさかのぼる。伊那西高校卒業まで6年間指導した宮田スケートクラブ代表の新谷純夫さん(68)=宮田村=は「たくましい滑りをする選手。持っている力は素晴らしいが、技術はまだまだ」と述懐する。だからこう諭した。「氷とケンカしないようにしなさい」。

自宅から約50キロ離れた宮田村まで通った中学時代。小平選手はより専門的な知識や技術をスポンジのように吸収した。「練習をしていないと落ち着かない感じ。とにかく強くなりたいという意識が高い選手だった」と新谷さん。充実した環境で練習を始めた小平選手はめきめきスプリンターとしての頭角を現し、2年時に全日本ジュニア選手権スプリント部門で史上初の中学生王者に。「スーパー中学生」として注目を浴びた。

ただ、その後の競技生活は決して順風ではなかった。女子特有の成長期を迎えたことで高校1、2年時は思うような動きができず、伸び悩んだ。それでも一度も下を向くことがなかった小平選手に「今は力をためるときだよ」。氷に乗れない間はローラースケートで技術を学び、新谷さんの自宅敷地内にあるトレーニングルームで力を蓄積した。そして迎えた高校最後の年。二人で掲げた目標は「出場した全ての大会で優勝する」。その言葉通りにインターハイ、国体で短距離2冠を達成、全日本ジュニアも優勝に輝いた。

信大進学後は結城匡啓コーチと二人三脚。自身の手は離れたが、レース会場で顔を合わせる機会は多かったという。昨年末に長野市エムウェーブで行われた五輪代表選考会。新谷さんが「頑張れよ」と既に代表に内定していた小平選手に声を掛けると「頑張ります」と笑顔で応じた。

新谷さんの元を離れて13年。その教えが滑りの素地となり、ついに五輪の頂点に登り詰めた。「当時から10年先を見据え、努力を続けてきた。その姿勢には本当に頭が下がる」と新谷さん。「氷にうまく力を貸してもらっていた。素晴らしいレース。感動しました」。スピードスケート日本女子初の快挙を遂げた教え子が誇らしげだった。

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