2018年04月12日付

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1996年と聞いて、少し驚いた。筆者の感覚だと、そんなに遠い昔ではない。その年まで、遺伝性疾患や精神障がいなどを理由に不妊手術を認めた優生保護法があった。一部手術は本人の同意がなかったともされる▼子を産む自由を奪われ、個人の尊厳や自己決定権を侵害されたとして、今年1月に宮城県の女性が提訴して表面化した問題だ。超党派の国会議員が救済策を検討する動きがある。阿部守一知事も先月、救済措置について一元的な対応を国に要望した▼当時の国や政治家、官僚だけが悪かったのだろうか。旧優生保護法の制定は戦後間もない1948年。復興や経済成長の中で、豊かさを追い続けた結果、社会そのものが弱い立場にある人に目が届かなかったのかもしれない▼作家の辺見庸さんが、NHKテレビ「こころの時代」で「今の世界を最も低い視線からながめていたい。それが最も正確なものの見方ではないか」と話していた。その時代の真実の姿は、社会の最も弱い部分に現れる。それは上からの目線では見えない。視線を低くしていなければ分からない▼差別的な規定を持つ旧法は改正されたが、そうした考え方は根絶されただろうか。IT全盛の今、世の中は一層、効率や便利さを求めて突き進む。置き去りにされている人はいないだろうか。それを知るには辺見さんの言うように「低い視線」を持たなければならないのだろう。

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