小津監督愛用の石仏やつぼ 親族から無藝荘へ

LINEで送る
Pocket

蓼科高原の小津安二郎記念館「無藝荘」に展示された小津安二郎監督の自宅庭にあった石仏

茅野市の蓼科高原を晩年の仕事場にした小津安二郎監督(1903~63年)が、神奈川県鎌倉市の自宅で愛用した石仏やつぼなどが16日、蓼科の小津安二郎記念館「無藝荘」に寄贈される。同日午後1時から無藝荘で開かれる「蓼科・夏の小津会」の講演会終了後にお披露目会があり、参加者には小津家ゆかりのヒガンバナの球根をプレゼントする。

小津監督のめい小津亜紀子さん=千葉県野田市=から申し出があり、茅野市で毎年秋に開く「小津安二郎記念・蓼科高原映画祭」の実行委員会に贈られた。16日には亜紀子さんが訪れ、あいさつする。

石仏は幅約40センチ、高さ約60センチ、奥行き約20センチ。小津監督が暮らした北鎌倉の自宅にあり、玄関横の枝折戸から庭に入ってすぐのサルスベリの根元に置かれていた。1954年11月28日の小津監督の日記には、京都月の桂酒造12代目野田氏の案内で京都大仙院を訪ねて譲り受けたとあり、同年12月10日に鎌倉に届き、同12日の51歳の誕生日に「石仏を据える」と記載がある。

つぼは高さ約1メートル。小津監督が「天才」と評した同じ年の映画監督、清水宏(1903~66年)から、引っ越しの祝いとして贈られたという。奈良漬のつぼで、自宅の庭に置かれていた。

石仏は無藝荘の玄関、つぼは廊下脇に展示。解説文とともに紹介される。夫直宏さん(32)と訪れた宇佐美恭子さん(37)=愛知県豊田市=は「小津監督が蓼科に来ていたことを初めて知りました。監督は人の見方が優しい。小津映画に出てきそうな場所ですね」と目を細めた。蓼科観光協会無藝荘運営委員会の藤森光吉委員長は「小津監督を今まで以上に身近に感じてもらえる品。集客の手助けになれば」と話している。

夏の小津会は午後1時から。父徳郎さんが小津監督に片倉山荘(現在の無藝荘)を紹介し、家族ぐるみの付き合いがあった初代無藝荘火代番の柳澤徳一さん(84)=同市湯川=を講師に迎え、文人墨客に愛された蓼科の歴史に思いをはせる。

参加者に配布するヒガンバナの球根は60個ほど。小津監督の弟信三さん(故人)が大切に育てていたという。小津監督晩年の作品にも同名の「彼岸花」(58年)がある。

おすすめ情報

PAGE TOP