柳澤徳一さんが語る映画監督「小津安二郎」

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小津安二郎監督の思い出を語る柳澤さん

茅野市の蓼科高原を晩年の仕事場にした日本映画界の巨匠、小津安二郎監督(1903~63年)の別荘を移築した蓼科の小津安二郎記念館「無藝荘」で16日、「夏の小津会」が開かれた。無藝荘の火代番(案内人)を長年務め、昨年を最後に勇退した柳澤徳一さん(84)=茅野市湯川=が小津監督をはじめ蓼科を愛した文化人との交流やエピソードを語り、25人ほどが耳を傾けた。

柳澤さんは、父徳郎さんが小津監督に片倉山荘(現在の無藝荘)を紹介し、家族ぐるみの付き合いがあった。小津監督の言葉として「蓼科の空気、水、酒がうまい」と話していたことを紹介。「小津監督は脚本家の野田高梧とともに2人で地元の酒を1升ずつ飲んだ」と、酒豪ぶりを振り返った。また、「どんな野放図な芝居をしても構わないが『品格』を忘れるな」との言葉も印象深い―と思い出を語った。

2003年から14年間務めた火代番については「火を見ていると人の心は癒やされ、正直になる。みんな楽しく話してくれた」と話し、思い出深い出会いを語った。

講演会後には、小津監督のめい小津亜紀子さん=千葉県野田市=が無藝荘に寄贈した小津監督遺愛の石仏や高さ1メートルのつぼのお披露目があった。この日来場した亜紀子さんは「小津は(無藝荘の)その辺にいる。ここで預かってもらい本当にありがとう」と寄贈の思いを述べた。来場者には小津家ゆかりのヒガンバナの球根がプレゼントされた。

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