野田高梧を顕彰 シナリオ研究所来月蓼科に開館

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研究所開設に向けて準備をする山内夫妻

研究所開設に向けて準備をする山内夫妻

日本映画界の巨匠、小津安二郎監督(1903~63年)ら多くの映画人を茅野市の蓼科高原に招いた脚本家、野田高梧(こうご、1893~1968年)が残した資料を公開、保存する「野田高梧記念蓼科シナリオ研究所」が7月、蓼科高原の山内山荘に開館する。千点余りの資料が公開され、蓼科を仕事場にした盟友2人の創作活動や交遊関係、映画の魅力に触れられる。施設関係者は「(野田や小津のように)たくさんの人を呼ぶ拠点にしたい」と話している。

野田の孫に当たる脚本家の渡辺(本名・山内)千明さん(66)、美智子さん(61)夫妻が、一般社団法人「野田高梧記念蓼科シナリオ研究所」(東京都)を昨年2月に設立し、秘蔵資料を野田ゆかりの蓼科高原で一般公開する。日本映画の黄金期を築いた2人を顕彰し、膨大な資料を映画や脚本に関する研究と振興に役立てる目的だ。

研究所は、野田の娘婿で脚本家の山内久さんと長女玲子さん夫妻=ともに故人=の山荘「山内山荘」の離れに設ける。野田の妻静(しず)が晩年の夏に過ごした建物で、近くには野田の山荘「雲呼(うんこ)荘」があったが、野田の死後、売却解体されている。研究所は、愛称を「新・雲呼荘」として、野田夫妻の思いを受け継ぐ。

離れは、築25年ほどの木造平屋建て(延べ床面積約40平方メートル)。8畳の部屋と4畳の小あがりを展示室にし、野田の年表や雲呼荘の写真をパネルにして掲げる。受け付けは板間に設け、雑木の庭にはあずまやを整備する。

展示・公開資料は、雲呼荘を訪れた映画人も書き記した野田執筆の日記帳「蓼科日記」(1954~68年)の原本全18冊をはじめ、野田の蔵書や直筆原稿、戦前戦後の映画雑誌、蓼科の風景や映画人を野田が撮影した8ミリフィルムなど。閲覧には事前予約が必要な資料もある。目録を作成する計画だ。

研究所は7月23日にオープニングセレモニーを開き、翌24日から一般公開を始める。開館時間は午前10時~午後4時で、水曜休館。入館料は中学生以上400円。営業期間は10月まで。

研究所は、小津と野田が一緒に歩き作品の構想を練った「小津の散歩道」沿いにある。山内さん夫妻は「従来にも増して興味深く楽しい散歩道となると確信しています。もう一度蓼科に人を呼ぶ拠点にしていきたい」と話している。

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