2019年05月31日付

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蛙が啼いてゐるな。井月はどうしつら?―。芥川龍之介の短編小説「庭」で、舞台となる「中村家」の当主が息を引き取る際に発した最期の言葉だ。井月はたびたび中村家を訪れ、癇癪持ちの長男も不思議と酒を飲ませたり字を書かせたりしていたとつづる▼井月とは、幕末から明治初期に伊那谷を漂泊した俳人、井上井月のことだろう。乞食井月ともやゆされたが、芥川が作品に目を付けたとされる。芥川の強い勧めで井月の句集を出版し、世に出したのが駒ケ根市中沢出身の下島勲だ▼下島は東京・田端に医院を構える医師だったが、「空谷」の俳号を持ち、多くの文人や芸術家と親交を深めた。特に芥川とは親しく、主治医としても最期を看取った。芥川の辞世の句「水涕や鼻の先だけ暮れ残る」の短冊は下島に託されたとされる▼銀行員が計算書でもめくるように速い読書、三昼夜の不眠不休でも脳が疲労を感じない―といった芥川のエピソードが下島の随筆に残るほか、生家では芥川の真筆の句や写真、芥川や室生犀星らと交わした書簡などが見られる。生家を継ぐ下島大輔さん(80)の「軍医の経歴もあってか、とても怖いおじいさんだった」との思い出話も身近に感じられて面白い▼下島の生誕150年を記念する講座があす午後0時30分から同市赤穂公民館で開かれる。歴史上の文人らとの距離が縮まる、不思議な感覚を楽しめるかもしれない。

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