2019年07月24日付

LINEで送る
Pocket

人の命をないがしろにする事件が続いている。悲惨な事件が起きるたびに心を痛め、社会全体としてどう対処していけばいいのかという課題を突き付けられるが、その傷が癒えないうちにまた新たな事件が起きる▼折しも7月26日は相模原市の知的障がい者施設で元職員の男が入所者を殺傷した事件から3年にあたる。男は「障がい者は生きていても仕方がない」などと供述。独善的な主張は到底受け入れられないし、動機も理解できない▼そんな衝撃的な事件が起きると、特異な人物が起こした事件だと思いたい衝動に駆られる。川崎市の児童殺傷事件では当初、引きこもりと結び付ける見方が強まった。しかし、引きこもりの問題に詳しい精神科医の斎藤環さんは内閣府の定義で100万人(斎藤さんの推計では200万人)と言われる引きこもりの人が起こした凶悪犯罪は数件もないと指摘する(月刊「創」8月号)▼短絡的な“犯人探し”は問題を矮小化する。頭の中では分かっているが、被害者の無念を思うとやりきれない。せめて事件を風化させず、再発防止につなげることが社会の責務である▼その意味では、相模原事件もしっかり受け止めていく必要がある。来年1月から裁判が始まる。なぜ人の命を選別するような考えに至ったのか。そして、このような凶行を止めることができなかったのか。わたしたちにも問い掛けられているように思う。

おすすめ情報

PAGE TOP