登戸研究所知って 来月、宮田でシンポジウム

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太平洋戦争末期に伊那谷などに疎開した旧日本陸軍秘密機関「登戸研究所」に関するシンポジウム「大本営移転計画(本土決戦準備)と登戸研究所の疎開」(長野日報社など後援)が8月12日午後1時30分から4時まで、宮田村の村民会館で開かれる。上伊那の住民有志らでつくる「登戸研究所調査研究会」が主催。シンポジウムでコーディネーターを務める松久芳樹さんは「研究所や戦争について多くの人に知ってもらいたい」と来場を呼び掛けている。

調査研究会は、風船爆弾などの兵器開発を担った登戸研究所の実態究明を進め、後世に資料を残そうと昨年5月に発足。今年6月までに4回の現地調査を実施してきた。

登戸研究所の疎開は、軍最高司令部を信州に移転させる「松代大本営」計画に沿った動きだったとされる。シンポジウムでは、大本営移転だけでなく沖縄戦や本土決戦までも関連するという登戸研究所疎開の意味を調査研究会の会員らが発表する。

松久さんは「戦争の時代を体験した人が減っている中で、シンポジウムは登戸研究所が疎開して起きたことをしっかりと伝える貴重な機会になる。特に、戦争を直接知らない若い人たちに来てもらいたい」と話している。

入場無料。問い合わせは駒ケ根市立博物館(電話0265・83・1135)へ。

シンポジウムでの発表内容と発表者は次の通り。

▽「大本営移転計画の実際」=木下健蔵(元赤穂高校平和ゼミナール顧問)▽「大本営移転計画と登戸研究所」=久保田逸巳(登戸研究所調査研究会調査責任者)▽「宮田における登戸研究所」=伊藤一幸(宮田村教育委員)▽「登戸研究所体験者より」=竹村寿彦(駒ケ根市中沢在住)▽「伊那での飛行場の展開」=久保田誼(元高校教諭)▽「大本営移転計画と沖縄戦」=小木曽伸一(元駒ケ根市教育長)

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