2019年08月05日付

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子どもの頃、八ケ岳の鋭利な峰々を遠くに眺め、富士山に蹴っ飛ばされる光景を思い描いた。大男「でいらぼっち」が諏訪湖を埋めようと八ケ岳の土を担いでヒョイと茅野市をまたぐ姿も目に浮かんだ▼こうした空想は郷土本「諏訪のでんせつ」がくれた。茅野市の故竹村良信さんが住民から聞き集めたその話の中で山は怒り、泣き、見栄も張る。人は神様の恵みで生計を立て、キツネやかっぱのいたずらに悩まされ、天狗を畏れながら生きた。人間は自然や未知との関わりが今よりずっと深く、しかも大らかに受け入れ合って暮らしていたらしい▼こんな壮大な物語(いや現実だったかもしれない)を紡いだ表現力に当時の心の豊かさを感じる。多彩な方言は郷土への愛着と誇りを、また古くは林野だった、沼地だったといった話は防災の教訓を今に伝える▼地域の昔話を大切にし、語り継ぐ一人が茅野の吉川田文さん。毎月、富士見町内の福祉施設で活動し、本紙へも寄稿いただいている。歴史民俗への造詣が深く、物語を掘り起こす。地元民にその地の話を伝えたいと希少本を一冊、挿絵ごとノートに書き写したこともある▼その手製の本を開き、語り始めると耳慣れた方言や地名にお年寄りの顔がほころぶ。現代の子どもたちも昔話に触れる機会があるだろうか。ふるさとの物語は時の経過にもあせず、その地で生きる人たちに知恵と喜びをくれる。

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