2019年09月26日付

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大正6年の夏。中学生になって初めて迎える夏休み直前の水泳授業の思い出を、下諏訪町の今井久雄さんが、著書「続村の歳時記」(草原社)につづっている。場所は「高島公園」沖合の諏訪湖とある。まだ学校にプールのない時代だ▼長く丈の伸びたアシが生い茂り、岸辺はヨシキリの声でかまびすしい。沖には高い飛び込み台もあった-と湖の情景を描写している。軍事教練の色彩を帯びた授業は厳しかったという。それでも海なし県の子どもたちにとって、泳ぎは貴重な体験だったに違いない▼諏訪湖で人々が泳がなくなったのはいつからだろう。高度成長期には、大発生したアオコで「湖に緑色のペンキを流したよう」と形容されもした。それでも流域での下水道整備や、「泳げる諏訪湖」を目指す住民の浄化活動によって湖の環境は着実に向上している▼10月1日に初めての「諏訪湖の日」を迎える。1979年のこの日、諏訪湖流域下水道が一部供用を開始した。「浄化に向け一歩を踏み出した日」と位置づけ、県などでつくる「諏訪湖創生ビジョン推進会議」が日を定めた。諏訪湖への関心をさらに高める狙いだ▼諏訪市で23日、記念の催しがあり、「新しい諏訪湖を創生しよう」と決意を新たにした。住民らが湖に親しみを持ち、心を寄せ続けることが、諏訪湖の保全にとって大切なことだろう。子どもたちが諏訪湖で楽しく泳ぐ姿を夢想する。

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