「物事を学ぶ意義」訴え 赤穂高平和ゼミ

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赤穂高校平和ゼミナールの山口樹稀さんと紫芝真さんが、1年生約200人を前にこれまでの研究成果を報告した発表会=赤穂高校

太平洋戦争末期に伊那谷などに疎開し、軍の秘密兵器開発を担った「旧日本陸軍登戸研究所」の調査に取り組んできた赤穂高校(駒ケ根市)平和ゼミナールの山口樹稀さん(22)=定時制4年、南箕輪村田畑=と紫芝真さん(19)=同、同市上赤須=が30日、今春の卒業を前に最後の発表会を同校で開いた。全日制1年の約200人に研究の成果を伝えるとともに、「物事を学ぶ意義」を訴えた。

同校では1989年、生徒有志らの手で平和ゼミが発足。戦争当時の関係者からの証言を基に登戸研究所の実態解明を進める成果を挙げたが、その後、30年近くにわたり活動が途絶えていた。山口さんと紫芝さんは一昨年夏、自らを「戦争体験者の生の声を聴ける最後の世代」と位置付けて平和ゼミを復活させ、全国各地の戦争遺跡や資料館を訪れるなど研究を重ねた。今回の発表は、12月に修学旅行で沖縄県の戦争関連施設を訪れる1年生の平和学習の一環として実施した。

2人は、風船爆弾の開発や偽札の製造など登戸研究所の活動内容について説明した。また、戦争末期に旧日本軍が最高司令部を松代町(現長野市)に移転しようとした「松代大本営」計画にも触れ、米軍との戦いで20万人以上の日本人が命を落とした沖縄戦が「(計画実行のための)時間稼ぎに使われた」と指摘。「戦争が長引けば本州でも沖縄以上の惨状が生み出され、長野県内も戦場になっていた」と強調した。

山口さんは「自分でテーマを決めて歴史を学ぶことで新たな見識を得られた。その結果、人生や思考を豊かにすることができた」と振り返り、「関心のある分野を学び、深く探求してほしい」と後輩たちに呼び掛けた。

山口さんは4月、東京の私立大学に進学予定。西洋史を専攻するものの、今後も登戸研究所の調査に関わりたいとしている。紫芝さんは卒業後、地元の企業で働く傍ら、上伊那地方の住民有志でつくる「登戸研究所調査研究会」で研究を続ける考えだ。平和ゼミのメンバーは他におらず、活動は今春に再び途絶える見通し。2人は「70年以上がたった戦争の悲惨さを風化させないよう、当時の状況を伝える努力をしてきた。私たちの活動は終わるが、後輩には平和ゼミをぜひまた立ち上げて活動してもらいたい」と願っている。

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