春日姫の説明板設置 弘妙寺の檀徒有志

LINEで送る
Pocket

春日姫のほこらに説明看板を立てる弘妙寺の檀徒有志

春日姫のほこらに説明看板を立てる弘妙寺の檀徒有志

伊那市高遠町荊口の弘妙寺の檀徒有志が22日、地元ゆかりの春日姫の説明看板を姫のほこらがある半対集落に立てた。武田家最後の高遠城主だった仁科盛信の側室で、織田信長軍に捕らえられた悲劇の姫の由緒を記している。

盛信は天正10(1582)年、天下統一を目指す織田軍に高遠城を囲まれ、壮烈な戦死を遂げた。春日姫は戦火を逃れて甲斐の国を目指し、半対峠を越えようと半対集落にかくまわれたが残党狩りに見つかって捕らえられた。

半対集落では明治初年に不幸が続き、祈祷師から姫を供養するほこらを建てるように告げられ、毎年霊を慰めている。現在でも2月11日に弘妙寺で檀徒有志が法要が続けている。

説明看板は、姫の言い伝えを後世に伝えるために有志が立てた。高遠城の戦いや姫をかくまった集落の歴史のほか、姫がお礼に残したという、遠く離れた人の生死や生まれてくる子の男女が分かる「黒い不思議な玉」などを説明する。

有志代表の北原保男さん(81)は「姫のことを知る人が減っているので看板に残せば子孫に伝えられる。不思議な玉は戦争で生死が分からない人を予言したのをよく覚えている」と話す。

田中勲雄住職は「織田軍に焼かれた寺の歴史と関連が深く、非常にありがたい。消えてしまいそうな歴史を掘り起こして光が当たる」と感謝していた。

おすすめ情報

PAGE TOP