登戸研究所でワクチン研究か 調査で判明

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登戸研究所で使われていた机

太平洋戦争末期に伊那谷などに疎開し、旧日本陸軍の秘密兵器開発を担った「登戸研究所」が細菌戦を想定し、飯島町でワクチンの効き目を高める物質を製造していた可能性があることが分かった。上伊那地方の住民有志らでつくる「登戸研究所調査研究会」が28日、駒ケ根市内で記者会見し、発表した。研究所で使われていた机に残っていた粉じんを化学的に分析し、得られた結論としている。

机は奥行き53センチ、幅59センチ、高さ74センチ。調査研究会によると、登戸研究所が飯島国民学校(現・飯島町飯島小学校)に設けた研究施設で使われていたことがこれまでの調査で確認されている。卓上がふたとなっている内部の収納スペースに粉じんが残っていた。

調査研究会は、謎の多い登戸研究所の実態を知る手掛かりになるのではないかと考え、粉じんを採取した。信州大学医学部(松本市)の機器を用いて化学分析を実施。その結果、ワクチンの効果を高める性質を持つ塩化アルミニウムとみられる物質を検出した。

登戸研究所は細菌兵器を研究・開発していたことが知られている。調査研究会の会員で、化学分析に携わった井上直人・信州大学名誉教授(67、農学)は「細菌兵器を戦争で使おうとしたら、その兵器から身を守る手段を持つ必要がある。細菌兵器だけ造るのはあり得ない」と指摘。細菌戦が展開される可能性を見据え、旧日本軍が細菌による被害を受けないようワクチン製造に取り組んでいたとしてもおかしくはないとの考えを示した。

調査研究会は今後、登戸研究所の活動が記された史料や当時の化学関連の論文などを通じて、粉じんに関する詳細な研究を進める予定だ。

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