汀川の短歌に作曲 富士見でコンサート

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草川信が制作した「峠路」の楽譜と資料

草川信が制作した「峠路」の楽譜と資料

富士見町神代出身のアララギ派歌人、森山汀川(本名藤一、1880~1946年)が詠んだ短歌に、長野市出身の作曲家、草川信(1893~1948年)が曲をつけた歌曲のコンサートが3日午後2時から、同町コミュニティ・プラザで開かれる。汀川の歌集「峠路」に収録された14首に、草川が第二次大戦中の防空壕の中で譜をつけた作品。全曲の実演は制作以来初めてで、汀川没後70周年の記念に実現した。入場無料。

汀川は地元の小学校などで教えながら歌を詠み、島木赤彦らと歌集「比牟呂」を創刊。旧南信日日新聞(現長野日報社)の俳壇選者も務めた。大戦中も私財を投じ、病を押してアララギの存続に尽くし、1946年に66歳で没した。

草川は音楽家の家庭に生まれ、東京音楽学校(現東京芸術大)を卒業。雑誌「赤い鳥」の創刊で作曲活動を本格的に始め、「夕やけ小やけ」「どこかで春が」など童謡作曲家として著名になった。

汀川の孫で著作家の宮坂丹保さん(76)=塩尻市出身、長野市在住=によると、汀川と草川は1942年、長野市の通明国民学校(現・通明小学校)の校歌をともに手掛けた縁で知り合った。

草川の次男、誠さん(91)=東京都=は、「父は防空壕の中に畳を持ち込み、汀川の歌集を心のよりどころとして五線に向かった。死も覚悟した状況下で、これが最後と思いながら作ったのではないか」と振り返り、「峠路」の作品を、「明るさや派手さをそぎ落とし、成熟した渋さがある。自身の作曲人生の集大成として力を込めたのだろう」と評する。

現譜は誠さんの手元にあり、町はコピーを収蔵。町内の声楽家、奥住奈々子さんが採譜した。

コンサートは10日に同町高原のミュージアムで始まる企画展「森山汀川と草川信」のプレイベント。岡谷市内の有志コーラスグループが「春雑詠」「すさまじく」「峠路を」などを披露する。

宮坂さんは、「祖父の歌集が戦火の中で草川先生の生きる力になったことが何よりもうれしい。祖父の作品といえども草川先生が選び、曲をつけた新たな世界。素晴らしいプレゼントをいただいた思い」と話している。

問い合わせは同ミュージアム(電話0266・62・7930)へ。

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