2021年5月3日付

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「修学旅行」という言葉が法令上に初めて使われたのは1888(明治21)年の「尋常師範学校設備準則」だが、それ以前から長野県尋常師範学校(今の信州大学教育学部)では、すでに「修学旅行」という行事があったという。県立歴史館がまとめた「信濃の風土と歴史24 みち」のコラムで紹介されている▼新型コロナウイルス感染症の拡大は修学旅行にも顕著な影響を及ぼしている。感染状況が地域によって短期間で次々に変わるため、行き先が二転三転した例を昨年は県内でもよく耳にした。先生たちも受け入れる側も頭を悩ませたことだろう▼県は修学旅行を受け入れるバスや宿泊施設の感染防止対策の経費を助成した、昨年度の施策の再開を検討していると聞くし、受け入れる側の観光施設も必死に感染症対策を取っている。今年は状況が好転することに期待したい▼県立歴史館「みち」のコラムによると、県尋常師範学校の修学旅行は心身の鍛錬を目的として始まり、ここで行われた白根山と浅間山の登山が学校登山の始まりとも言われるという▼その後に見分を広げることなども目的に取り入れられていった。鉄道の発達もあって行き先が広がり、教師たちも内容を工夫していったという。時代の変化に合わせて手を尽くし、趣向を凝らすことは始まりの時代から行われていた。先生たちが悩んだ分、きっと子どもたちの思い出も深まるだろう。

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