「神仏習合」プロジェクト始動 諏訪地方

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「神仏判然令」から150年余。諏訪大社下社秋宮神楽殿を正式参拝した諏訪地方の寺院の僧侶。宮坂住職(右から2人目))が玉串を手に神前に進む

諏訪地方の神社と寺院が協力し、来秋に諏訪神社(現・大社)に付属していた神宮寺由来の仏像などを所蔵する各寺で一斉に公開するプロジェクトが立ち上がった。平安時代後期、約1200年前から日本に根付いてきた神と仏が融合するという「神仏習合」の信仰が明治政府の「神仏判然令」(1868年)によって別々に分けられてから150年余。来秋に向けて気持ちを同じくする僧侶、神職、諏訪信仰研究者らが26日、下諏訪町の諏訪大社下社秋宮を正式参拝した。諏訪で再び、神仏習合によるプロジェクトが動きだした。

同プロジェクトの実行委員会は、諏訪地方を拠点に信仰史、民俗学などを研究する「スワニミズム」や大昔調査会をはじめとする各種団体と大学の研究者、諏訪地方の神社、寺院、博物館などで構成。会長にスワニミズム会長の原直正さん(74)=諏訪市中洲=、副会長に仏法紹隆寺の岩崎宥全住職(42)=同市四賀=、顧問に諏訪大社の北島和孝宮司(62)らが就いた。参加寺院は同日現在で19寺、神社は3社。

神楽殿で行われた正式参拝には関係者約40人が参列。照光寺(岡谷市本町)の宮坂宥洪住職(70)が玉串をささげた。続いて二礼二拍手一礼の作法に従って参拝した。参列した僧侶も2度頭を下げ、2回手を打ち、最後に1度頭を下げた。

宮坂住職は「こういう形でお参りさせていただいたのは生まれて初めて。神様と仏様は長らくともに信仰の対象とされてきた。明治維新の時に強引に引き裂かれたような形で今に至っているが、一緒に参拝するのはある意味で自然なこと。一方で参拝が実現したことは感慨深いとも思う」と振り返った。北島宮司は「お参りしていただきありがたいと思った。仲良くともに進んでいきたい」と笑みを浮かべていた。

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