迫る御柱祭[第2部]つなぐ 4、穴山鳳鳴綱打保存会が発足

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御柱街道の茅野市穴山には「綱匠」と呼ばれる集団がある。綱打ちは区や地区の単位で行うのが一般的だが、玉川・豊平地区が曳く御柱の綱打ちは、慣例でこの3戸が請け負ってきた。3戸は今回、集落で伝統を継承していこうと「穴山鳳鳴綱打保存会」を発足させた。

綱打ちを任される発端は1956(昭和31)年、戦後2回目の御柱祭だった。

それ以前は、玉川の氏子たちは神之原でわらを打ち、軒につるしながら綱を作った。しかし戦後の玉川村(現玉川地区)は、53(昭和28)年の冷害に伴う大凶作から財政難に直面。綱打ちにも経費削減の波が押し寄せ、委託が浮上したとされる。

そこで「村の中で器用な人はいないか」となり、穴山の小林邦利さん(故人)が名乗り出た。近所付き合いのある田中文六さん(同)を誘い、後に文六さんの弟善一さん(同)も仲間入り。3戸が家族総出で綱打ちをする形が出来上がった。

68(昭和43)年の御柱祭には玉川地区に加え、豊平地区もこの3戸に綱打ちを依頼するようになったという。

かつて“暴れ御柱”と言われた玉川・豊平地区の曳行に耐えられるよう、68年にはワイヤを綱に入れた。80(昭和55)年からはやぐらを作るなど道具の開発も進め、独自の技術を積み重ねてきた。

現在、綱匠の3戸は3代目になった。最初の綱打ちから60年、11回目となる今回、大総代や頭郷総代の支援を受けて保存会組織を立ち上げた。

昨年11月8日の夜、穴山公民館で綱打ちの打ち合わせ会が開かれた。区内の若者たち約40人を前に、綱匠の1人で保存会長を担うことになる田中定善さん(68)は「伝統と技術を集落として守っていきたい」と保存会への移行を宣言し、協力を呼び掛けた。

綱は荒縄で作る。よるのは元綱から4番綱まで2地区合わせて計8本だ。元綱(長さ24メートル)は1束70本の荒縄を3束作ってより上げる。全ての綱の長さは最終的に117メートルになるという。

綱打ち用の荒縄は国産にこだわり、昨年秋のうちに1000玉調達し、綱打ちを行う長円寺近くの米蔵に保管してきた。26、27日には保存会や両地区の元綱係で2~4番綱を作った。3月5日には元綱を打つ。両地区の氏子が結集し、保存会員約60人が中心となって盛大に打ち上げる予定だ。

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