2021年8月7日付

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1964年の東京五輪にはファンファーレがあった。入場行進曲「オリンピック・マーチ」と演奏されることが多く、NHK連続テレビ小説「エール」の主人公のモデルになった作曲家、古関裕而さんの作品と思われがちだが、ファンファーレの作曲者は他にいる▼今井光也さん。下諏訪町の人である。父久雄さんは諏訪交響楽団創設者の一人で、私財を投じて地域の音楽文化を育てた。光也さんも旧制諏訪中(現諏訪清陵高)在学中に入団し、指揮者や会長を歴任した。2度目の東京五輪開催決定を見届け、7年前に音楽にささげた91年の生涯を閉じた▼ファンファーレは62年、当時の大会組織委員会とNHKが一般公募した。諏訪響指揮者で三協精機総務課長だった光也さん。締め切り間際、寄せ集めの古い五線紙に総譜とパート譜を書いて速達で送った▼応募総数414編。光也さんのファンファーレはわずか8小節、30秒余りだが「力強い気迫と神秘的な東洋情緒を併せ持った傑作」と絶賛された。64年10月10日の開会式。聖火台下に整列した陸上自衛隊音楽隊トランぺッター30人の演奏を、光也さんは特別席で聞いた▼2度目の東京五輪があす閉幕する。動画共有サイトで「今井光也 東京五輪」と検索した。荘厳な旋律に感情が高ぶる。光也さんを輩出し、名曲が誕生した地域を誇っていいのではないか、と。忘れられたレガシーがここにある。

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