後藤監督移住を決断 飯島で育んだ思い大切に

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慣れ親しんだ飯島町の風景を眺めながら、移住の決断を語った後藤俊夫監督

飯島町在住の映画監督後藤俊夫さん(83)=伊那市御園出身=が、2月いっぱいで27年間暮らした町を離れることになった。高齢になったことから、子どもや孫たちが近くにいる都内への移住を決断。伊那谷の自然や伝統を題材に制作を続け、地域文化の発展にも力を尽くした映画人生を振り返り「ふるさとの思い出が私の作品の土台。飯島で育んだ思いをこれからも大切にしたい」と話している。

■伊那谷で子ども育てたいと移住

地元の伊那北高校から立教大学へ進み、映画の道に入った後藤さん。山本薩夫監督に師事し、「戦争と人間」や「あゝ野麦峠」などの助監督を務めた。1978年に「こむぎいろの天使~雀と少年」で監督デビュー。81年の「マタギ」で芸術選奨・文部大臣新人賞を受賞した。

故郷の伊那谷で子どもを育てたいと95年に飯島町へ移住した後も、99年に伊那谷に伝わる蜂追いを題材にした「こむぎいろの天使~すがれ追い」、2008年には伊那谷の農村歌舞伎がテーマの「Beauty~うつくしいもの」を発表した。

発足に携わったいいじま文化サロンやアクターズゼミナール伊那塾では代表職も務め、町の文化振興や演劇を通じた青少年の健全育成に尽力。09年には知事表彰、15年には文化庁の地域文化功労者表彰を受けた。

■ふるさとの体験常に活動の原点

飯島町の豊かな自然が気に入り、子育てするならここと決めて東京から生活拠点を移した後藤さん。野山を駆け巡った幼少期のふるさとでの体験が常に活動の原点にあり、伊那谷の伝統や文化、そしてそれを守る人たちの熱き心を描こうと、原作やシナリオから作品に向き合った。

町内の千人塚公園のロッジに住み込んで、メガホンを握り続けた日々。自身の作品を通して親交がある吉永小百合や役所広司、北大路欣也、三國連太郎ら大物俳優を招き開いた文化サロンの 映画上映会やトークショー。興行を成功に導くには苦労もあったが、今は楽しい思い出の一つだ。

■子どもたちに本気で稽古

そして忘れられないのが、アクターズゼミで演劇に励む子どもたち。自分ではない人物を演じる難しさに対し、軟らかな感性で向き合おうとする熱心な姿に、本気で稽古を付けた。

「衰えると演出に艶が無くなる。自分もそうなるのではないかと不安もある」と、ぽつり漏らした後藤監督。ストーリーを描きながら未完となった作品もあり、心残りもある一方で「大作はもう難しいかもしれないが、これからも作品を撮り続けていく」と意欲を持ち続ける。

■今後も交流続けていく

今は引っ越しの準備をする傍ら、世話になった人たちへあいさつ回りする日々。周囲からは惜しむ声が挙がるが「今後も交流を続けていく」と、親しんだ地へ別れを告げている。

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