「原爆・平和の火」を灯す会 茅野で交流会

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全国で原爆の火をともし続ける団体の集会「『原爆・平和の火』を灯す会全国交流会in茅野」が15日、茅野市で初めて開かれ、県内外の9団体から約70人が参加した。活動報告や講演を通じて、原爆の火をともし続ける意味を考え、非核平和の実現に向けて決意を新たにした。

交流会は1999年の桜丘高校(愛知県豊橋市)、2011年の台東区民会館(東京)に続いて3回目。前回事務局を務めた「上野の森に『広島・長崎の火』を永遠に灯す会」の要請を受け、茅野市の実行委員会(向井高治委員長)が5年ぶりに開いた。参加団体のうち「灯す会」は茅野市、伊那市、さいたま市などの7団体。自治体としては松本市が唯一参加した。

交流会は市役所で開き、各団体が原爆の火をともした経緯や非核平和運動の内容を報告。会員の高齢化や火災を心配する人の増加、行政の補助金削減、燃料費を募金で賄う財政基盤の弱さなどが課題に挙がった。向井実行委員長は「平和を祈る人の心に火をともして運動を広げていきたい」とあいさつ。柳平千代一市長は「縄文の精神」に触れて非核平和を呼び掛けた。

原爆の火は、原爆投下時に広島にいた故山本達雄さんが、焼け跡になった叔父の書店地下壕でくすぶっていた火を、カイロの火種にして古里の福岡県星野村(現八女市)に持ち帰ったのが始まり。山本さんは自宅で23年間人知れずともし続け、1968年に同村役場に建立された平和の塔に受け継ぎ、全国に分火されていった。

実行委によると、国内では55カ所で原爆の火が燃えている。5年前に比べて10カ所増えた。半数が寺院という。

交流会では、茅野市在住で日本原水爆被爆者団体協議会の藤森俊希事務局次長が講演。自身の被爆体験や被爆者の戦後の歩み、核兵器廃絶に向けた国際社会の動きを紹介しながら、「『再び被爆者をつくるな』がわれわれの願い。原爆の火は過去の継承だけではなく、世界の人々の命を守るためのモニュメント。原爆の火の意味を考え、行動してほしい」と訴えた。

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