ハナ乗り晴れ晴れ 本宮一・栁平昌志さん

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亡き父洋一さんと親子二代でハナ乗りの大役を果たした柳平昌志さん

御柱祭のフィナーレを飾る建て御柱。令和最初の上社里曳きは5日、本宮と前宮で一斉に建て御柱が行われた。男たちを乗せて天上を目指す8本の御柱。三角すいに削られたてっぺんに乗ることは、”御柱男”にとって最高の名誉だ。地上に戻った男たちの顔は、大役を成し遂げた充実感で、5月の空のように晴れ晴れとしていた。

本宮一(豊平・玉川)のハナ乗りは、豊平の斧長で建築業を営む柳平昌志さん(49)=茅野市山寺=。1992(平成4)年に同地区が本宮一を担当した際のハナ乗りは亡き父洋一さんだった。仕事の師でもあった父親と同じ年齢で同じ斧長を務め、同じ御柱に乗る。数日前、「奇跡のような巡り合わせ。私を推してくださった皆さんへの感謝の気持ちを忘れず、恥ずかしくないようにやりたい」と話していた。

この一週間、地元の白山神社と八幡神社、上社本宮に安全祈願を続け、洋一さんから受け継いだ「本宮一」の腹掛け、紺の股引で本番に臨んだ。腹掛けには、92年の本宮一の建て御柱がプリントされた当時のテレホンカードを忍ばせた。大総代から御幣を受け、御柱に乗ると、無事を祈る母チマキさん(78)が抱く洋一さんの写真を見つけた。「父のように自信をもってやろう」。覚悟を決めた。

92年、建築関連の専門学校生だった昌志さんは埼玉県から帰省し、自宅で建て御柱を映すテレビを録画していた。2年後、父の下で働き始め、住宅や別荘の建築を手掛けてきた。自身にとって5度目の御柱祭。周囲と円滑な人間関係を築いた「親方」を見習い、斧長として「周りの人たちや玉川の皆さんと仲良くできるよう心掛けた」という。

建て御柱が始まってから約1時間40分、柱が直立した。ここでハナ乗りは柱の先端に御幣を打ち付ける。仲間の助けを受け、虎と竜が刻印された金色のげんのうを振るう。白木の柄は洋一さんの親友(77)の手作りで「これを使え」と託された。平成4年から令和4年へ。両地区の氏子が見守る中、「親方と一緒に」という思いも結実した。

垂れ幕が下がり、万歳三唱の後、地上に下りた昌志さんを待っていたのは、駆け寄る仲間の握手攻めと胴上げだった。「おめでとう」の言葉に、力強くうなづく。「皆さんの協力があってできたこと。無事に責任を果たすことができ、改めて皆さんに感謝したい。親方も『よくやったぞ』と言ってくれると思う」。大役を果たした昌志さんは、この日最高の笑顔を見せた。

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