仏法紹隆寺の普賢菩薩騎象像 体内に神宮寺本尊の記録

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飯田市美術博物館が旧神宮寺の本尊と認定した普賢菩薩騎象像

飯田市美術博物館が旧神宮寺の本尊と認定した普賢菩薩騎象像

仏法紹隆寺(諏訪市四賀)は11日、所蔵する「普賢菩薩騎象像」の解体修理が完了し、菩薩像に「信州すはの本尊也」との記録があるのが見つかった、と発表した。かつて諏訪大社上社本宮そばにあり廃仏毀釈で取り壊された旧神宮寺の要の寺・普賢堂から移されたとの記録が残る像。ただ、菩薩像と象をかたどった台座との制作年代が異なるとされるなど、不確かな面があったという。調査研究した飯田美術博物館によると、「書き付けなどが決め手となり、旧神宮寺の本尊という確証を得た」。「諏訪大明神の本地仏(本来の姿)としてまつられていた貴重な資料。諏訪信仰を考える上でも重要」としている。

同博物館の織田顕行学芸員によると、本宮周辺では、遅くとも鎌倉時代には、神道と仏教とを混融調和させる「神仏習合説」が入り込んだ。寺院や搭など仏教関連施設が建立され、神宮寺として整備されていった。「本来の姿は普賢菩薩で、仮の姿が諏訪大明神という信仰が広がっていた」とし、普賢堂の本尊が、諏訪大明神そのものとして崇拝されていたという。

紹隆寺によると、菩薩像は、織田信長軍の兵火によって失われ、1593年に作り直されたもの。1868年の神仏分離令で普賢堂が取り壊される中、信仰心の厚い住民らが運び出したとされる。その際に付いた傷などを直すため、修復することに。県内の仏師が、昨年6月に着手。菩薩像をいったん解体したところ、まぶたの裏にあたる位置に「信州すはの本尊也」などと記されていたという。

同博物館が判断材料の一つとしたのが、台座の制作時期。各時代の型などとの比較により、制作時期は13世紀ごろと絞り込んだ。普賢堂は1292年に建立されており、時期的に、ほぼ一致すると判断した。菩薩像の、台座を含めた高さは約1メートル80センチ、長さは約1メートル60センチ。国内でも大規模なスケールだったことも加味した。

紹隆寺の岩崎宥昶住職は「諏訪一円の信仰を集めた長い歴史を持つ仏が、よみがえった」と喜び、「我々を見守り、幸せを願ってくださることでしょう」と述べた。

同寺は菩薩像を4月2日~5月22日に特別公開する。

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