老松場古墳群1号墳 前方後円墳の可能性

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関西大学考古学研究室の調査結果を発表した老松場古墳群の現地説明会

伊那市東春近の老松場古墳群を調査した関西大学文学部の考古学研究室は3日、現地説明会を行った。米田文孝教授(64)と井上主税准教授(45)が、作成した測量図を示しながら第1次調査結果について報告。1号墳について「前方後円墳の可能性が高い」と指摘。墳丘形態から築造年代が5世紀初頭までにさかのぼるとし、「南信地方で最古級の前方後円墳になる可能性も出てきた」と説明した。

同研究室は8月14日から、3カ年計画で調査を開始した。古墳群内で確認される古墳7基のうち、1号墳と、市内最大級の円墳7号墳を含む円墳3基の測量調査を実施。教員と学生12人が現場に入り、墳丘形態と規模を確認した。

現地説明会では、1号墳は「測量調査の結果、前方後円墳の可能性がかなり高まった」とし、来年度の発掘調査で判明するという。墳丘の規模は全長約30メートルで、高さが約3メートル。前方部が後円部より低く、幅の狭い墳形から「築造年代が5世紀初頭であることは確実。4世紀末に造られた可能性もあるかもしれない」と話した。

前方後円墳は、上伊那地方では、6世紀中頃に造られた箕輪町の松島王墓古墳に次いで2例目。飯田地方では、6世紀を中心に多くの古墳が築造されており、「上伊那はもちろん、南信地方でも最古級の前方後円墳になる可能性が大いにある」とした。

円墳について、2~6号墳は直径10~15メートルに対して高さが60センチ~1メートル強とし、「いずれも低墳丘で、伊那地域の特徴の一つかもしれない」と説明した。一方、7号墳は高さ約3メートル、直径20~22メートルと大きく、「古墳群の円墳の中で、特異な存在。1号墳とともに、被葬者がかなりの力を持っていたと思われる」と推測した。今回の調査で、埴輪などの遺物は確認できなかった。

地域住民ら84人が聴講。米田教授は1号墳を示し、「この地域はヤマト政権との関わりがあった」と強調。時代背景として、6世紀に南信で盛んだった馬の生産や古代の交通網について説明した。

同研究室は来年8月から、1号墳と7号墳の発掘調査を行い、より詳細な墳丘形態と築造年代の解明に取り組む。4~6号墳の3基の測量調査も実施する予定。

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