岩波茂雄の伊勢神宮代参と九州一人旅 17歳時に出発

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諏訪郡中洲村(現諏訪市中洲)出身で岩波書店創業者の岩波茂雄(1881~1946年)は、諏訪実科中学校(現諏訪清陵高校)在学中に集落を代表して一人で伊勢神宮へ代参し、代参後は尊敬する西郷隆盛の墓参りをするため鹿児島までの大旅行をした。これまで旅の期日は確認できなかったが、同市風樹文庫利用者から持ち込まれた資料群から、1898(明治31)年12月30日、17歳に旅立ったことが明らかとなった。資料を整理した同文庫職員の岩波弘之さん(64)=同市中金子=は、「中学時代の大きな出来事の日時が資料からはっきりした。年譜もより確かなものとなる」と喜んでいる。

資料は父義質、茂雄が属していた「伊勢講」の和綴帳面「明治26年伊勢講始代参帳」など4冊。帳面によると茂雄は講から7円もらい出立した。安倍能成著「岩波茂雄傳」は、「恐らく父の死んだ翌年、即ち明治30年岩波16歳の暮れのことだろう」と推定で記されていた。

中洲村中金子は当時、秋の収穫時にはお金を出し合って集落の代参を伊勢神宮へ送り、お札をもらってくる「伊勢講」があった。茂雄の父が亡くなり中学生の茂雄が代参を志望。鉄道はまだ開通していないため山梨県の鰍沢まで徒歩、その後は川舟、汽車を乗り継いだ。

伊勢神宮からお札をもらったが、家族にも講にも無断で鹿児島に向かい、さらに琉球まで渡ろうとしたが船が出たばかりで断念。出発して二十数日を過ぎてやっと郷里に戻り、周囲を驚かした。この間、京都で第一高等学校生の木山熊次郎と出会い、東京遊学への思いを強くしている。

弘之さんは、「この武勇伝的な出来事が茂雄の後の人生形成の起点となり、思考的視野が並外れたスケールを持つ転機となったのでは」と考察。「こうした古里での大きな足跡が資料によって明確になりうれしい」と話している。

17日午前11時から同市信州風樹文庫で開く「茂雄を偲ぶ会」で、弘之さんが「岩波茂雄と『伊勢詣りと九州旅行』」と題して講演する。聴講歓迎。問い合わせは同文庫(電話0266・58・1814)へ。

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