「農耕勤務隊」真相究明へ情報呼び掛け

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第2次世界大戦末期に朝鮮半島で徴兵され、日本で農作業に従事した朝鮮人青年らの部隊「農耕勤務隊」。宮田村町三区の唐木達雄さん(83)は、仲間とともに上伊那地方での農耕勤務隊の実態を調査している。県内には約3000人が動員され多くが上伊那に配属されたといい、真相究明に向けた情報提供を呼び掛けている。

唐木さんによると農耕勤務隊は、主に航空機燃料用のアルコールを採るためのサツマイモ栽培を目的に編成された。1945年、約1万2500人が日本へ。隊は第1から第5まであり、第5が長野県に展開した。

第5農耕勤務隊は10の中隊で編成され、第3から第10が上伊那に来た。これまでの調査で、第5~10中隊については中隊長名や駐留地などがほぼ判明。このうち赤穂町(現駒ケ根市)に駐留した第9中隊については、45年5月に到着し、8月15日の終戦後の9月にサツマイモの収穫を待たずに引き揚げた―という記録が残っていた。赤穂国民学校を宿舎とし、大徳原、馬住ケ原などを開墾したといった詳細が分かった。

終戦に伴い書類などは焼却されたため残る記録が少なく、第3、第4中隊については分からないまま。駐留地は箕輪町、伊那市などと想定されるが、隊員の姿を見聞きした記憶や記録、隊や開墾地に関する資料などを求めている。

県歴史教育者協議会義勇軍プロジェクトチーム代表を務める唐木さんは、「満蒙開拓のために日本から送られた義勇軍と、朝鮮から日本へ強制連行された農耕勤務隊は、戦争の表裏」とライフワークとして調査を続け、いずれ本にまとめたい考え。「上伊那にもある身近な戦争の姿を知ってほしい」と話している。

情報提供は唐木さん(電話0265・85・4070)へ。

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