母親は命の恩人 藤原てい生誕100年講演会

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母で作家の藤原ていの生涯を話す長女の咲子さん

諏訪市図書館は21日、茅野市出身の作家で一昨年死去した藤原ていの生誕100周年を記念した特別講演会を諏訪市文化センターで開いた。長女の藤原咲子さん=東京都=が「母、藤原ていの一生」と題して講演し、ていが終戦後に子ども3人と一緒に満州(現中国東北部)から引き揚げた過酷な体験に触れながら「母は命の恩人」と述べた。約300人が耳を傾けた。
咲子さんはエピソードを織り交ぜ、ていの生涯を語った。ていが通った諏訪高等女学校(現諏訪二葉高校)での恩師の一人に国語教育研究者の大村はまを挙げ、「母が思慕を寄せ、しつこいくらいに職員室を訪ねていた」とした。指導を受ける前後の作文を読み上げ、1年で上達したとし、「対象を見つめる目を養い、人間として少しずつ大きくなった」と述べた。

ていが、咲子さんや次男で数学者の藤原正彦さんらを連れて満州から引き揚げた体験を記したベストセラー小説「流れる星は生きている」にも触れた。兄2人を生かすために乳児だった自分に、手にかけようとしたことを小学6年の時に同書で知った時はショックだったが、「行間には愛情があった。生命のぎりぎりを生きてきたと感じた」と振り返った。「諏訪の女性は強い。私にも諏訪の血が流れている。だから強いのではないか」とも述べた。

兄を叱る時に追い掛け回す姿が印象に残っているとし、「かわいくて憎めない人だった」と懐かしんだ。夫で作家の新田次郎との関係については「両親は本当に仲が良かった。けんかもしたけど母が絶対的に優位だった」とし、会場の笑いを誘った。

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