考想・諏訪湖 3、元五輪選手片岡亜希子さん

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諏訪湖での思い出を語る片岡さん=下諏訪町漕艇場近くの湖畔で

ボート競技で五輪に4回連続で出場した片岡(旧姓岩本)亜希子さん=諏訪市出身=のアスリートとしての原点は諏訪湖にある。岡谷南高校に入学後、大学で活躍する姉の姿を見て「自分も1番になりたい」と漕艇部を選んだ。3年生で世界ジュニア選手権に出場し、進学先の早稲田大学在学中に五輪に初出場。「もしも諏訪に生まれなかったら、もしも岡谷南高に入学しなかったら、今の私はない」と原点を見つめた。

世界を舞台に戦ってきた片岡さんが思う諏訪湖の魅力は生活圏の近さ。「湖畔に市街地が広がり、高校があり、漕艇庫を備えた環境は世界的に見ても恵まれている」という。練習のため学校から山中の湖までバスで通う生徒も少なくない。高校時代を振り返り、「諏訪湖の練習環境と恩師、互いを高め合う仲間に支えられながら確かな成長を実感できた。自分に自信を与えてくれた」と感謝する。

2000年のシドニーから、アテネ、北京、ロンドンと五輪4回出場はボート日本女子で最多。2008年の北京五輪では日本女子初の入賞まであと一歩に迫る9位と健闘した。だが、五輪直前の春、プレッシャーの中で周りが見えなくなり、コンディションは必ずしもベストではなかったという。そんな時、精神面で助けたのも諏訪湖だった。08年4月、日本代表チームの早朝練習後、「一瞬でいいから」と願い出て練習拠点の埼玉県戸田市から日帰りで諏訪に帰ったことがあった。漕艇庫のモニュメントの前から諏訪湖を見つめながら「私はどうして漕ぎたいと思ったのか。ボートを始めた当時の気持ちと向き合った」という。湖畔で過ごした時間は「気持ちを初心に戻してくれた」と当時を振り返る。

今は大分県中津市で子育てにまい進中だが、教育委員会の依頼でスポーツに打ち込む子どもたちに自らの半生を語る機会もある。その時に伝えることの一つに古里への思いがある。「苦しい時、つらい時、気持ちをリセットし、原点に戻れる場所、それが古里だ」と語り掛けるという。

現役時代は日本代表選手でありながら、高校生や愛好者が集まって諏訪湖で行われるボートの大会にも可能な限り出場し、世界レベルの技術を披露し続けた。レースの合間には地元の高校生と一緒に乗艇するなどして直接指導もした。そこには自らを育て、第一人者となった後もつらい時期の支えとなった古里、そして諏訪湖への感謝の気持ちが込められている。「高校生の頃、世界レベルを知り、驚き、悔しさも感じ、もっと強くなりたいと願った。そんな刺激を与えられたらと思っていた」という。

今年の正月も実家近くのすわっこランド(諏訪市豊田)前の諏訪湖畔から初日の出を拝み、1年の決意を胸に刻んだ。湖上で父親が操縦する泥舟に乗ったり、湖畔でカラスガイを採ったりした幼少の頃から毎年行っていた恒例行事。その場所から見る諏訪湖を「絶景ポイント」の一つに挙げた。欧州遠征で見た湖と親しむ子どもの姿を引き合いに出しながら「諏訪湖も子どもたちが水遊びを通じて水と触れ合える場所であってほしい。水遊びを通じて水に触れる楽しさと怖さを教えられたら、それは大きな財産になると思う」と語った。

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