2019年5月4日付

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姫野カオルコさんの直木賞受賞作「昭和の犬」は、昭和30年代前半に生まれた女性の物語だ。女性の父は大正5年生まれ。癇癪持ちで、シベリア抑留を経験している。口数は少ないのだが、「シベリアでは、たいへんなことどしたやろ」などと言われようものなら、ぴたっと口を閉ざす▼死ぬまでに娘が数回しか笑顔を見たことがない、という人として描かれる。収容所の夢を見て、うなされる。妻や娘を激しく叱りつける。ただ、不思議に犬の扱いがうまい。もちろん、抑留体験のある人が皆同じではないが、過酷な経験が影を落とした人物設定だろう▼伊那市の春日公園にシベリア抑留者の慰霊碑「平和の礎」がある。全国強制抑留者協会の県支部が1998年に建立した。以来、毎年慰霊祭を開くが、体験者の高齢化で参列者は減少しているそうだ▼先日開いた慰霊祭の実行委員長、長田伊三男さんは95歳。「抑留の歴史を忘れてはならない。残り少なくなった抑留体験者として真実を後世に伝える」という決意が、本紙で紹介されていた。帰還できなかった仲間に強い思いを抱いているのだろう▼「昭和の犬」では主人公の高校時代、学校近くの軽食店のおやじさんが出てくる。この人も戦争体験者。いつも無口なのに、突然はらはらと涙を流し、死んだ戦友を語る。「やさしいてなあ…」。昭和の男たちの「心の戦争」は、生きている限り終わらない。

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