2019年9月24日付

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日本映画界の巨匠、小津安二郎監督が仕事場として使った茅野市蓼科の「無藝荘」は以前、今とは違った場所にあった。現在地から曲がりくねった道を上がって約1・2キロ。静かな林の中に建っていた▼玄関を入ると、いろりの間があり、奥には座敷が連なる。縁側の先は鉄平石張り。木々に囲まれていて木漏れ日が入る程度で、日中でもほの暗い。雰囲気があって、奥から着物姿の小津監督がふらりと出てくる幻覚にとらわれそうだった▼その建物が一般公開の施設として、現在のプール平にそのまま移されたのが2003年。当初は明るい場所に出て、戸惑いも感じたものだった。けれど、おととい久しぶりに訪れた無藝荘は、すっかり落ち着いた姿で来館者を迎えていた▼周囲の樹木が育ち、緑が濃くなったのが印象に残った。遊歩道をササの類が彩り、ススキの穂が揺れる。何より庭に咲いた小津家ゆかりの赤いヒガンバナが目を引いた。「火代番」と呼ばれる案内役の方が「植えた球根がやっと咲いてくれました」と笑顔で話していた▼移築から16年。年月を経て、新たな場所で新たなたたずまいを手に入れたということだと思う。小津監督の名を冠した「蓼科高原映画祭」が同市で開催中だ。28、29日には無藝荘まで無料バスが運行し、抹茶の接待もあるという。秋の蓼科に足を向ければ、自分だけの小津監督に出会い、往時の世界に浸れるだろう。

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