赤報隊隊士弔う相楽祭 下諏訪の魁塚前

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相楽会役員ら少人数で行われた相楽祭

江戸時代末期(幕末)に偽官軍の汚名を着せられて処刑された相楽総三(1839~68年)ら赤報隊隊士を弔う第152回相楽祭が5日、下諏訪町魁町の魁塚前で開かれた。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、同町民有志らでつくる相楽会(小川道尋代表)の役員ら10人ほどの少人数で行われ、無念の最期を遂げた隊士らをしのんだ。

祭には例年参列する隊士の子孫や研究者らの姿はなく、少人数で神事を実施。参列者たちが祭壇に玉串をささげて手を合わせ、隊士らの冥福を祈った。小川代表は「こういう時期で取りやめも考えたが、歴史を後世に伝えていくためにも開催した」とし、会員たちも「無事、神事が行われたことを子孫の方々に報告したい」と話していた。

赤報隊は幕末に結成され、新政府軍の先鋒として碓氷峠を目指したが、偽官軍の汚名を着せられる裏切りに遭い、捕縛された相楽ら幹部8人が処刑された。その後、赤報隊の名誉は回復されたが、回復する半世紀前には相楽の同志や地元住民らが魁塚を建立。命日に相楽祭を開くようになり、現在まで続いている。

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