2021年5月1日付

LINEで送る
Pocket

諏訪市出身の小説家、新田次郎に「八十八夜の別れ霜」と題したエッセーがある。季節の変化の目安となる雑節のひとつ「八十八夜」は、農家にとって大切な農事の基準だった。立春から数えて88日もたつと、霜も減り天候も安定する▼しかるに、新芽の季節になっても霜は襲ってくる。新田は養蚕が盛んだった子ども時分を振り返り、〈霜害にあった桑畑はみじめなものである〉とつづっている。初夏にかけて飼う「春蚕」が成長していく大切な時期に、食べさせる桑がない。農家の心痛がわかる▼霜が降りそうだとなれば夜通し警戒した。大人たちは青葉松に火を付けて桑畑を歩く。夜道を照らすため、新田少年もちょうちんを持って一緒に歩いた。気象台の霜予報を聞くためのラジオもなく、霜が来る来ないの予想は、どの家庭も年寄りの役目だったという▼〈蚕飼いの業の打ちひらけ…国の命を繋ぐなり〉と県歌でも歌われるように、日本一の蚕糸王国だった長野県。近代化推進のエンジンとなり、当時の暮らしを支えていたと新田が回想する「おかいこ様」を守るために、同じような苦労をされてきた方もおられよう▼養蚕業は衰退の一途をたどったが、近年、医療品の原料開発や新素材への転用などシルク(絹)の利用価値は高まっているという。世界に誇る「ジャパンシルク」復活に向け、「おかいこ様」が活躍する場面はさらに増えそうである。

おすすめ情報

PAGE TOP