戦国時代の地下式坑発掘 富士見町葛窪の農地

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戦国時代に造られたとみられる地下式坑=富士見町葛窪の農地

戦国時代に造られたとみられる地下式坑=富士見町葛窪の農地

富士見町教育委員会は2日、同町葛窪の農地で15世紀末~16世紀末の戦国時代に造られたとみられる地下式坑(こう)を発掘した。地表から約1.7メートル垂直に掘り進んで出入り口とし、最長約2.4メートルの横穴を掘ったもの。同町での発見は1983年以来、8例目。造られた目的や使途は不明で、調査関係者の興味をかき立てている。

町教委によると、今年1月、農地の耕作者がトラクターで作業中、地面が突然陥没したため、遺跡の可能性があるとして町教委に連絡。雪解けを待って発掘を行い、坑を見つけた。

直径約70センチ縦穴を降りると、だるまを横にしたような形の空間が広がる。硬いローム層を道具で削った跡や、粘土状の土を天井部に厚さ2~5センチほど張り、その際に付いた指の跡や指紋も残る。粘土で覆った構造が確認された坑は同町では初めてという。

坑からは、内側に取っ手のついた土製の鍋の破片が見つかり、坑の造成時期の特定につながった。

同種の坑は、同町では瀬沢新田、先達、机、高森でも発掘されており、今回の坑の規模は小さめ。葛窪区内ではこれまでに、突然地面が陥没する例が山梨県境を中心にあり、一帯には複数の坑があったと考えられている。

また、茅野市や岡谷市、関東地方で広く確認され、関東では墓との見方もある。ただ、町内では使途を示す痕跡や出土品がなく、別の形状をした同時期の墓も見つかっているため、「何のために造ったのか皆目分からないが、かなりの労力を費やして造ってある」と小松隆史学芸員。「当時は甲斐の武将武田信玄の信州侵攻の最中。家財道具や身を隠したのか。興味深い」と、想像を膨らませている。

坑は3日に埋め戻す予定。

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