活用される養川堰マップ 講演活発化

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「マップ」を活用した講座が活発化。幅広い年代層が養川と養川堰について学んでいる=21年12月14日、茅野市中央公民館

江戸時代に諏訪地方の農業用水路「堰」を整備、再編して水田開発に貢献した坂本養川(1736~1809年)を改めて見直す講演が昨年秋から活発化している。坂本養川堰研究会(会長・小泉良文諏訪市公民館長)が養川の手掛けた15本の堰を案内する「養川堰マップ」を10月に完成させたのがきっかけ。研究会解説員が堰のある茅野市、諏訪市、富士見町、原村の公民館講座や小学校などで講師を務め、地元住民や子どもたちに養川堰の役割や養川の功績を熱く伝えている。

■マップ製作の中心関さんが講師

解説員は現在、マップ製作に、中心的に携わった事務局の元小中学校教諭、関雅一さん(66)=諏訪市湖南=1人だが、22年度からは4人に増やし、市町村別の解説担当を決め、地域や学校からの要望に、より広く応える考えだ。

昨年12月14日の茅野市中央公民館講座。関さんは養川を「繰り越し堰の手法で広域的に堰を再構築した人」と評価した。市内の養川堰は蓼科山・八ケ岳のすそ野と霧ケ峰のすそ野に大別できると説明。自然の川の水を堰に回すとその川の水量が減るため、他の川と堰でつないで水量が少なくなった川に水を補充する―。こんな養川特有の工法「繰り越し堰」についても河川名や堰名を挙げ詳しく解説した。

■諏訪地方15本の養川堰が一目で

関さんが養川にのめり込むようになったのは40代。原中学校(原村)に勤め、諏訪教育会地図委員会メンバーで、諏訪の地図作りに取り組んでいたときのことだ。養川堰が自然の川を越えるとき「小さなダムか、樋か、サイホンか、どんな方法をとったか地図上で区別してほしい」。先輩教諭から与えられた夏休みの宿題が源だった。

現地を踏査し、養川が広域的に用水路を再編成したことや綿密な調査、計画。それに、流路が今でも変わっていないことに関さんは「画期的だ」と感じたという。

そして2002~15年に養川と養川堰が載った小学4年生の社会科教科書(東京書籍)。出版前、編集者を現地案内したのは関さんだった。単元「きょう土を開く」は20ページが割かれており、勤務地の永明小(茅野市)児童がモデルとして協力、乙女滝などで撮った写真も掲載された。

「養川」の知名度は教科書よって全国規模で広がったが紹介されたのは大河原堰(茅野市)が中心。少し不満もあった関さんが諏訪地方の養川堰を一目で分かるよう仕上げたのが今回製作したマップだった。

■新年度から解説員4人に

マップを活用した講座は22年も続く。新年度からは解説員を4人態勢にして「もう少し学校や公民館の要請に応えられるようにしたい」と前向きな関さん。諏訪地方出身の教員も決して多くはないといい、ゆくゆくは養川のみならず「諏訪地方の昔」を子どもたちに教えられる組織づくりができれば―と考えている。

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